〈歌舞音曲〉
自邸の庭=邸居は歌舞音曲を楽しむ場なのですが、中国宋の南朝時代の園林貴族や王族にとっては、そこは宮廷(宮殿であり)、住時は財力・権力をもって吟遊詩人・舞踏団・楽団そして大道芸人たちを招き入れ楽しんでいたわけです。
しかし庶民たちは自分たちで演じるしかないわけで、この様は時代をさかのぼるほど鮮明になっていくようです。
そして私たちも勿論、連綿として働き、そのストレスを歌舞音曲の楽しみで解消しているのですが、現代社会では、このシーンの多くを実はテレビが提供してくれています。
かの貴族たちが宮廷に学芸団を招き入れたように、居ながらにして様々な娯楽を享受してくれるテレビのおかげで、現代の私たちも知らず知らずのうちに貴族化しているのかもしれません。
今では、どの家庭にもテレビはあり、ガーデンとしての庭はなくても、テレビさえあれば生活していけるといった具合ですので、現代の邸居(=庭)はテレビであるといっても過言ではない状況だと思います。
ただ残念ながら、テレビ画面の歌舞音曲は生(なま)ではありません。
そこで私たちの五感に共振する生の、あるいは生に近い歌舞音曲をとりもどすことにより、リアリティの感覚を私たちの中に呼び戻すことが大切になるのだと思います。