〈歌舞音曲〉→〈歌〉声 園林×風水 2017-01-18T11:41:00+00:00

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〈歌舞音曲〉→〈歌〉声

私たちの日常生活に、どれだけ歌うシーンがあるでしょうか。
何気なく口ずさむ鼻歌、カラオケでの熱唱、遠い記憶の中にある音楽の授業での唱歌の数々・・・・趣味でコーラスや民謡などを楽しみ歌うことの多い方もいるとは思いますが、総じて日頃、歌う機会は少ないのだろうと思います。

歌うとき人は声を発します。しかし声には、会話にしろ電話での通信にしろ受動的なイメージが伴います。
〈歌声〉と一言でいいますが、よく考えてみますと、〈歌〉と〈声〉とでは内在するニュアンスが随分違うように思います。

例えば、合唱・コーラスの究極のものとして聖歌がありますが、聖歌隊の歌声が集合し美しいハーモニーとなる時、それを聴く側も、天上のバイブレーションの中にいる感覚に満たされるようになります。一方で対極にある仏教の僧侶たちによる読経の一形態である声明(しょうみょう)は、同じ宗教音楽でも人の五体の内的宇宙へ共振する呼吸(ブレス)のように感じます。

そう、声は基本的に受信であり、受身なのです。聴くことが主流であり、人は長い間、もともと天の声を聴いて生きてきたのです。残念ながら今では、その声は私たちの脳に届かなくなってしまい、かわりに人は自我・自意識をもって生きていくしかないのですが、個人差・地域差はあるものの、近代(工業化社会)になるまでは、幻声(天の声)は確かに身近なものであったのです。

私は毎日、家と職場との間を自転車通勤していますが、道中どのようにペダルを踏んで、どの道をどう走っているか、まわりの景色がどのようなものかについて、ほとんど無意識のままです。

しかし時に、何かのキッカケでハッと我にかえり、改めて周囲の風景が鮮明に目に焼きつくことがあります。この瞬間、「私は今ここにある」という感覚に包まれます。このような時、人には幻声(天の声)を再び聴くチャンネルがひらけるのだと思います。運よく天の声らしきもの(インスピレーションなど)をキャッチし、自らの五体の中にある価値判断という鏡にてらし、己(おのれ)の内の腑におちた時に、人は社会的場所に安定するのだと思います。・・・・「これでいいのだ」と思えるということです。
言い換えれば、声は呼吸とともにあり、肉体化することで人は大人になるということです。

人は呼吸することで生きているのですが、体内にしみ入る気息(ブレス)は自体、新陳代謝ですし、また精神的葛藤の影響もうけて、人にはストレスが溜まります。

そして、このストレスを一気に大量に体外に発散させるものとして<歌>があるのです。ですから、歌う時は全身全霊をもって五体のエネルギーを発散させるのが一番です。歌は、私たちの五体を自然万物に共鳴させてくれる発信(心)なのです。

日頃、歌うことのある方は幸せだと思います。なかなか歌う機会のない人も、時にはカラオケで同僚・友人・家族と、できれば感涙するほどのパワーをもって、熱唱してみてはいかがでしょうか。

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聖歌隊の歌声・声明読経

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声を上げて歌うことはストレスの発散になります。しかも呼吸法にもなる。

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楽しんで歌うのが一番。